どーも、みょーがです。
親にふるさと納税について教えてもらいながら、先日初めて米とツナ缶を注文。
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そのまま普段の食事の話につながり、普段何を食べてるのか、そもそもちゃんと食べているのか質問攻めにあった。
うん。ちゃんと食べてるつもり。
けど、一人暮らしを始める前後で体重が5キロ近く減ったことが6月の健康診断で分かってる。
あれ以来体重を測ったことはないけど、たぶんそんなに変わってない。
少なくとも、体重が増えてる感じはしない。
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そんな私の食事を見かねてなのか、米を仕送りしてくれた。
一度夏風邪を引いたくらいで、自分としては健康だと思っているので必要ないと言ったけど、半ば無理やりに送ってきた。
けどある分には困らないし、何より親の温かさを感じた。
一人暮らしを始めてから、親の偉大さ、ありがたさ、温かさに気づいてばかり。
実家暮らしの頃は、まったく感じてなかったわけではないが、やはりまだまだ感謝の気持ちが不足していたことを実感。
本当にありがとう。

しかもブランドの新米なんて。
備蓄米とかブレンド米を食べている自分は決して手を出さないであろう米に、かなり興奮気味。
食べてみると、やっぱり違うんだよね。
嚙んだ時の旨味というかなんというか。
以前はこれを5キロ2000円台で買えたというのだから、そっちの方が異常に思えてくるようになってしまった。
親もそうだし、この米もそう。
人って慣れるとありがたみとか素晴らしさを感じなくなってしまう。
実家にいたころ、他人の親を羨ましく感じた期間があった。
研究室の同期に対して、自分よりも恵まれた親がいていいな、みたいに思って、心がすさんでた時期があった。
今考えるとおこがましい・・・とまでは感じないかな。あの頃はかなりしんどかったので。
けど、今はそんな風には思わず、むしろ親に恵まれているのだと強く思う。
もちろん、100点満点の親だった、とまではいかない。
「こうだったらもっとよかった」みたいな部分はあるけれど、そこまで求めるのはあまりにも高望みしすぎなことだったのだ、と思ってる。
その話もいずれは記事にするかもしれない。
とにかく、人には「慣れ」があって、贅沢なことも毎日続けると当たり前に思えてくる。
仕事があって、家に住めておいしいものが食べられて月10万の積立投資ができるくらいのお金があって、私のことを大切にしてくれる親もパートナーもいる。
そんな今の私はとても幸せだ。
あと何年先も何十年先も、当たり前と思わず幸せなことだと感じられるような人でいたい。
ということで今回はこの辺で。